小児科医がインフルエンザにかかるとき

3月某日、そういえば前の晩からくしゃみが多かった。
花粉症が本格的になってきたなあと思っていたのだが、なんだかだるい。
熱を計ると37.4℃これを見たとたんに、だるさは10倍になった気がした。
「だめだ。これは、きっとインフルエンザだ」
「しかしまてよ」とデジタルではなく水銀の体温計で計りなおす。
デジタル体温計はけっこう大雑把なので高めに出ることはよくあるのだ。
3回計りなおしたが水銀だと36.8℃。
ところがいったん気分がインフルエンザモードになってしまったせいか、だるさはひどくなるばかり。
「病は気からとはこういうことかなあ」などと思いながら仕事をしていた。
夕方になってもう一回計ると水銀で37.5℃!やっぱりそうか、このだるさはやはり普通ではないし、経験上ぼくが熱を出すのはインフルエンザの可能性が高い。
同僚のM先生、小児科外来の事務・看護師に連絡し、「とりあえず明日の予約はキャンセル、明日の朝迅速診断をした上でその後については相談」ということにしてさっさと帰宅。ぼくはその一言で済むが、もちろん事務のHさん・Y田さんにとってはキャンセルの連絡をするのもたいへんなことなのだ。
迅速診断キットを持って帰って翌朝一番に施行(インフルエンザ迅速診断は発病直後の数時間は偽陰性となることが多いのだ)。
みごとにインフルエンザA陽性だった。こうなると1−2日の休みではすまない。
M先生に電話。「わかりました。まあ、先生しっかり休んでください」こういう時の温かい一言は身にしみる。
ぼくは毎年ワクチンを打っているが、数年に1回インフルエンザにかかる。
前回・前々回はちょうど年末年始にかかっていたので仕事を休むことなくすんだ。
それ以前はインフルエンザの迅速診断などというものがなかったし、一人小児科だったので看護師から「這ってでも診察に来てくださいね!」と冗談半分に言われ、こっちも「熱くらいで休診にできるか」と思っていたのでそのまま押し通したのだった。
今回は週初めの発症だったので一人だったらもう目も当てられない状態だったが、ちょうど昨年から小児科医が複数体制になったところだったので、申し訳はないけれど大船に乗ったつもりで休むことができる。
我が家ではふだん使っていないお座敷が「インフルエンザ部屋」で、インフルエンザにかかった者はこの部屋に完全隔離する。
居間の隣なのでふすまを少しあけてテレビを見たりはするが、トイレ以外はこの部屋ですごす。
このやり方で我が家では基本的に家族内感染は阻止してきた。
ぼくはインフルエンザのとき、初日は大体熱とだるさで寝てばかりだが、2日目には少し元気が出てきて何かしたくなる。
ぼくはできるだけ病気を楽しむことにしている。
天が与えてくれた休暇だ。
しかも出かけたり家族で何かをしたりすることもできない。
こういう時の楽しみ方と言うと読書やDVDだ。
今までの読書の定番は内田康夫だったのだが、あらかた読んでしまったし、妻が以前から宮部みゆきを熱心に読んでいるのでお勧めを聞いてみた。最初は「本所深川ふしぎ草子」30年前ころに読みまくった山本周五郎を思い出した。
「おもしろかった」というと、その続編にあたる「初ものがたり」を持ってきた。
そして「どうせ時間があるんだから長いのも読んでみれば」と「火車」。
おもしろい。そして貧しく弱い者に対するやさしさや、それを踏みにじるものへの怒りがストレートに表現されていて心から共感する。
一日で長編1冊読み切る幸せはこんな時でないと味わえない。
その間に、三谷幸喜「マジックアワー」宮崎駿もののけ姫」「千と千尋の神隠し」も見たのだ。
何と幸せで濃密な数日間だったことか。
こんなことはぼくの急の休みで苦労している人たちにはとても言えないが、こうしたリフレッシュ休暇をたまにもらわないと、まともに休めない仕事なのだと割り切って楽しませてもらった。明日出勤する時はみんなにケーキでももっていこう。

健和会病院小児科和田浩